precedent

判例情報

2025.7.1

職種限定合意がある場合、使用者は労働者に対し当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないとした事例

判決等

最判令和6年4月26日裁時1838号3頁〔上告審〕、大阪高判令和7年1月23日(令和6年(ネ)第1154号)〔差戻後控訴審〕(いわゆる「滋賀県社会福祉協議会事件」)

事案

当事者

Xが労働者、Yが使用者である。
Xは、平成13年3月に財団法人滋賀県レイカディア振興財団(以下「レイカディア」)に雇用され、平成15年4月にYがレイカディアを統合した後は、Yとの間で技術者として従事していた。
Xは、Yとの労働契約に基づき、滋賀県立長寿社会福祉センター内の滋賀県福祉用具センター(以下「本件福祉用具センター」)に勤務しており、本件福祉用具センター主任技師として、福祉用具の改造・製作、技術の開発等の業務を行ってきた※1
Yは、社会福祉法に基づき滋賀県に設置された社会福祉法人であり、「滋賀県立長寿社会福祉センターの設置および管理に関する条例」に基づき、滋賀県から本件福祉用具センターの管理業務を委託された指定管理者である。

本件福祉用具センターの業務内容等

本件福祉用具センターでは、福祉用具についてその展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務を行うものとされていた。
平成15年3月以前は、レイカディアが滋賀県から委託を受けて本件福祉用具センターを運営していたが、平成15年4月、Yがレイカディアを統合し、同月以降、Yが、滋賀県から指定管理者の指定等を受けて、本件福祉用具センターを運営し、本件福祉用具センターの業務を引き継いだ。
滋賀県とYが締結した基本協定書等によれば、本件福祉用具センターの指定管理者の業務内容には、福祉用具に係る利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発が含まれており、Yは福祉用具の改造及び製作業務を第三者に委託することが禁止されており、且つ、Yは福祉用具の改造及び製造に関わる技術者を必ず配置することが求められていた。

XY間の労働契約等

Xは、平成13年3月、レイカディアの運営する本件福祉用具センターの当時の所長から、溶接ができる機械技術者を募集しているとの理由で、本件福祉用具センターでの勤務の勧誘を受け、レイカディアの採用試験を受け、本件福祉用具センターでの福祉用具の改造及び製作並びに技術の開発に係る技術者としてレイカディアに採用された。
平成15年4月の統合に伴い、Xの使用者はYとなった。Xは、その後も本件福祉用具センターの技術職として勤務し、レイカディアが使用者であった時期から通算して平成31年3月末までで18年間、本件福祉用具センターで福祉用具の改造及び製造並びに技術の開発に係る技術者として勤務していた

Xの業務に関する事情

(Xは溶接のできる唯一の技術者)
Xが本件福祉用具センターで技術者として勤務していた18年間、Xが本件福祉用具センターで溶接ができる唯一の技術者であった。

(福祉用具の改造・製作の実施件数の激減)
本件福祉用具センターにおける改造・製作の実施件数は、平成9年度から平成17年度までの間は、多い年度で193件あったが、年々減少して、縫製作業を除くと、平成27年度は25件、平成28年度は16件、平成29年度は12件、平成30年度は2件、令和元年度は0件、令和2年度は0件と激減していた。

(技術者の減少)
本件福祉用具センターにおいて勤務する技術者は、平成21年は3名だったが、平成29年度に嘱託職員が退職して、その後はX1名のみとなった。

本件配転命令

平成31年3月25日、平成31年度初めの人事異動の内示が発表されて、Xが総務課の施設管理担当に配転されることが明らかとなり、Yは、Xに対し、平成31年4月1日付けで総務課施設管理担当への配置転換を命じた(以下「本件配転命令」)。総務課施設管理担当の業務は、来館者の対応や館内の鍵の開閉、館内情報の書換え、館内の電気消費の報告などであった。

職種限定合意の存在

第一審判決(京都地判令和4年4月27日労経速2552号13頁)は、XとYとの間には、Xの職種を技術者に限るとの書面による合意はないとしつつも、次の事情を挙げた上で、「XとYとの間には、YがXを福祉用具の改造・製造、技術開発を行わせる技術者として就労させるとの黙示の職種限定合意があったものと認めるのが相当である」と認定した。

  • Xは技術系の資格を数多く有しており、とりわけ溶接ができることを見込まれてレイカディアから勧誘を受けて、機械技術者の募集に応じてレイカディアに採用されたこと
  • Xは使用者がレイカディアからYに代わった後も含めて福祉用具の改造・製造、技術開発を行う技術者としての勤務を18年間にわたって続けていたこと
  • 次の(ⅰ)(ⅱ)からすれば、Xを機械技術者以外の職種に就かせることはYも想定していなかったはずであること
    • (ⅰ)滋賀県との基本協定書等により、本件福祉用具センターでの福祉用具の改造・製造業務を第三者に委託することが禁止されていたため、Yが福祉用具の改造・製作業務を外部委託化することは本来想定されていなかったこと
    • (ⅱ)18年間、Xが本件福祉用具センターにおいて溶接のできる唯一の技術者であったこと

上記の職種限定合意の存在は、差戻前控訴審判決(大阪高判令和4年11月24日労経速2552号9頁)もその認定を支持しており、また、本判決(上告審判決)も差戻前控訴審で認定された当該事実を前提に判断を加えている

就業規則の定め

なお、Yの就業規則には、Yは、業務の都合により、職員の就業する場所、若しくは従事する業務を変更し、関係団体等に出向を命ずることがあり、異動を命じられた職員は、正当な理由なくしてこれを拒むことはできないと規定されている※2

請求

XはYに対して次の1~4を請求した。
本稿では1を取り上げる。
2・3・4については本稿では割愛するが、結論としては、2・3を請求棄却、4を請求認容とする第一審の結論が差戻前控訴審でも維持され、これら2・3・4の判断に対する上告はなされなかった※3

  1. 平成31年4月1日付の本件配転命令は職種限定合意に反して違法又は権利濫用であるとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求(慰謝料100万円及び弁護士費用10万円)
  2. YがXに対し業務命令拒否等を理由に訓戒書を交付したこと等により平成22年6月にXが精神疾患を発病したとして、債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求
  3. 本件福祉用具センターの所長及び管理職のXに対する発言・態度等がパワーハラスメントに該当するとして内部通報窓口に通報したXに対し、詳細な検討を行うことなくパワーハラスメントに該当しないとの回答を繰り返したこと等により令和元年8月にXが精神疾患を再発したとして、債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為に基づく損害賠償請求
  4. Yが人事評価においてXを5段階評価のうちの最低ランクに位置付け、平成31年4月度からのXの基本給を3000円減額する不利益変更をしたことにつき、人事権の濫用であり違法・無効であるとして、無効な賃金減額により未払となっている1万2000円(平成31年4月度分~令和元年7月度分(4か月分))の賃金支払請求

判旨

上告審(最判令和6年4月26日裁時1838号3頁)

上告審は、職種限定合意と配転命令権の有無に関して、次のとおり判示して、本件配転命令を有効とした原判決(差戻前控訴審)を破棄して、本件配転命令について不法行為及び債務不履行の成否を審理するために、本件を原審に差し戻した。なお、下線は執筆者が付した。

  • 「原審は、上記事実関係等の下において、本件配転命令は配置転換命令権の濫用に当たらず、違法であるとはいえないと判断し、本件損害賠償請求を棄却すべきものとした。」※4
  • 「しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
    労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、XとYとの間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、Yは、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。
    そうすると、YがXに対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、Yが本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」
  • 「以上によれば、この点に関する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中、不服申立ての範囲である本判決主文第1項記載の部分(本件損害賠償請求に係る部分)は破棄を免れない。そして、本件配転命令について不法行為を構成すると認めるに足りる事情の有無や、YがXの配置転換に関しXに対して負う雇用契約上の債務の内容及びその不履行の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」

差戻後控訴審(大阪高判令和7年1月23日(令和6年(ネ)第1154号))

差戻後控訴審は、次のとおり判示して、本件配転命令について不法行為を構成するとして、慰謝料80万円及び弁護士費用8万円の損害賠償請求を認容した。なお、債務不履行の成否については判断がなされていない。

  • 職種限定合意の成立※5
    (XとYとの間には)「Xの職種及び業務内容を、本件業務〔執筆者注:本件福祉用具センターにおける福祉用具の改造及び製作並びに技術の開発〕に係る技術職に限定する旨の黙示の合意(以下「本件合意」という。)があったと認められる。」
  • 本件配転命令の違法性
    「Yは、本件合意に反して本件配転命令を行ったものであって、同命令は違法というべきである。」
  • 本件配転命令を行ったことの過失
    「Yは、Xを本件業務に係る技術職以外の職種に就かせることを想定していなかった上、Xにおいても、本件配転命令の発令前に、・・・本件業務に係る技術職を続けたい旨を訴えていたのであるし、・・・〔執筆者注:Yの〕課長がXの前で改造・製造業務をやめるという趣旨の発言をしたときも、・・・Xの業務を否定することであり、パワーハラスメントに該当するとの通報をしているなど、本件合意の存在をうかがわせる対応をしており、Yとしては、本件合意の存在を容易に認識できたというべきであるから、Yには本件配転命令を行ったことについて過失が認められる。」
  • 慰謝料
    「Yは、事前に・・・Xに対し、同人が長年従事していた本件業務に係る技術職を廃止する旨の説明をしたり、他の職種へ変更することの同意を得るための働き掛けをするなど、違法な配転命令を回避するために信義則上尽くすべき手続もとっていないこと、Xは、これにより、長年従事していた本件業務に係る技術職以外の職種へ変更することを余儀なくされ、相当程度の精神的苦痛を受けたこと、その他、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、本件配転命令によってXが被った精神的損害に対する慰謝料の額は80万円とするのが相当である。」

コメント

1 配転命令に関する一般論

配転とは

「配転」とは、同一使用者の下での職務内容や勤務場所の変更(短期間の出張や応援を除く)を意味する。このうち、転居を伴うものは「転勤」、同一事業所内での所属部署の変更は「配置転換」と呼ばれている※6

配転命令の有効性の判断枠組み

使用者による労働者に対する配転命令の有効性については、最判昭和61年7月14日集民148号281頁〔東亜ペイント事件〕(転勤命令の事案)及びその後の判例・裁判例において、概ね、①使用者の配転命令権を根拠づける規定等(労働協約、就業規則、個別労働契約上の合意等)が存在すれば配転命令を行う権限があるものの、②権利濫用※7等の強行法規違反※8に当たる場合には違法となる、という判断枠組みに基づき判断がなされている※9

職種限定合意と配転命令権の有無について

使用者と労働者の間に職種や業務内容を特定のものに限定する合意(職種限定合意)がある場合、使用者の配転命令権は当該合意の範囲内のものに限定されるとするのが一般的な見解である※10
これは、労働契約の内容は労働者と使用者の合意により変更することができると規定されていること(労働契約法8条)、労働者と使用者との間の個別合意が就業規則に優先すると規定されていること(同法7条但書)などに照らしても正当な解釈であるとされる。
また、前述の東亜ペイント事件最判も、配転命令(転勤命令)について、「勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという・・・事情」を指摘した上で、使用者が配転命令権を有すると認定しており、上記の見解を含意していたものと読むこともできるとされる※11
他方で、これまでの下級審裁判例の中には、職種限定合意があるとされた場合でも、例外的に配転命令が有効となる可能性を認めるものがあった※12。しかし、東亜ペイント事件最判によれば、①使用者の配転命令権を根拠づける規定等が存在すれば配転命令を行う権限があるものの、②権利濫用等の場合には配転命令は違法となるという判断枠組みのため、職種限定合意がある場合は、①の段階で配転命令権が認められない以上、②の権利濫用等の審査をするまでもなく配転命令が違法となるようにも思われ、職種限定合意の存在を認めつつ権利濫用等の審査を行うという判断枠組みは、東亜ペイント事件最判と整合しないという指摘がある※13

2 本判決へのコメント

職種限定合意と配転命令権の有無について

差戻前控訴審は、労働者と使用者との間に職種や業務内容を限定する合意(職種限定合意)が存在することを肯定しつつも権利濫用等ではないから配転命令が違法ではないとしていたが、そうした判断を本判決(上告審)は否定し、職種限定合意がある場合には、当該労働者の個別の同意がない限り、使用者には当該職種限定合意に反する配転命令権が認められない(権利濫用等の有無は検討するまでもない)という一般論を最高裁判決として初めて判示したことに意義がある※14
なお、本判決(上告審)の射程については、職種限定に関する事案であるが、勤務地を限定する合意が認められる事案にも射程が及ぶとする見解がある※15
また、本件は配転命令に関して債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権の有無が争われた事案であるが、地位確認請求(配転先で就労する地位にないことの確認請求)が争われる事案にも射程が及ぶとする見解もある※16

職種限定合意の成否の事実認定について

なお、本判決(上告審)は、XY間で職種限定合意があったことを前提として判断をしている。
従来の最高裁判決では、自動車製造工場で機械工として17~24年間にわたって勤務してきた労働者に関して、機械工以外の職種には一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が明示又は黙示に成立したものとまでは認めることができないとして、機械工から組立作業への配転を有効とした事例(最判平成元年12月7日労判554号6頁)等が存在し、特定の職種を長期間継続して就労していたという労働実態が存在することのみをもって職務限定合意の成立を認めることは難しいと考えられており※17、医師や大学教員のように専門性が非常に高いケースは別として、「他の職種には一切つかせない」というレベルでの職種限定合意の存在が強く求められており、黙示の職種限定合意は容易には認められてこなかった※18
これと比較した場合、職種限定合意の成立を認めた本件の第一審判決及び差戻前控訴審(上告審もこれを是認した。)は、Xの職務の専門性の程度と共に、採用経緯やXの働き方に対するYの期待が重視され、職種限定合意の成立について緩やかな認定姿勢が示されているように見える※19
ただし、上告審は法律審であり、事実関係を自ら認定し直すことはなく、原判決が適法に認定した事実に拘束され(民訴法321条1項)、また、本件の上告審では職種限定合意の有無については争われていなかったと考えられるため、本判決(上告審)は、職種限定合意があったことについては差戻前控訴審の事実認定を前提としたに過ぎず、第一審及び差戻前控訴審の事実認定の是非について判断をしたものではないと考えられる※20
本判決(上告審)は職種限定合意が存在することを前提とした判断であるが、実務上は、そもそも職種限定合意が存在するか否かが争われることが多いと思われ、どのようなケースで職種限定合意の存在を認めるかの判断基準等は、今後さらに議論されていくべき問題といえる。

職種限定合意に反する配転命令に対する損害賠償請求

差戻後控訴審については、①違法な配転命令について損害賠償請求を認容したこと、②不法行為の成否の判断に当たって配転命令の違法性だけでなく、Yの過失を検討し、Yは職種限定合意の存在を容易に認識することができたとして過失を認定していること、③慰謝料算定にあたって使用者が信義則上尽くすべき手続を取っていない事情を考慮している点などが参考になると考えられる※21

3 労働基準法施行規則5条の改正について

令和6年(2024年)4月施行の改正労基法施行規則5条により、労基法15条1項に基づく労働条件の明示事項として、「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。)」が追加されることとなった(労基法施行規則5条1項1号の3)。
当該改正により、職種や勤務地の限定に関する合意の存否について、労働条件通知書や雇用契約書に基づく明示の合意の存否が重視され、黙示の合意の存否が問題となる余地は狭くなる可能性があるとの指摘がある※22
他方で、変更範囲の記載について「会社の指定する職務・事務所」といった幅広い変更範囲を含む表現が用いられる場合、当該改正は職種や勤務地の限定に関する合意の認定においては実質的な効果をもたらさない可能性があるとの指摘もある※23
いずれにしても今後は、労働条件通知書や雇用契約書における就業場所及び業務内容の変更範囲に関する文言等の有無や解釈も、職種や勤務地の限定に関する合意の事実認定において検討するべきポイントになると考えられる。

4 指定管理者制度について

指定管理者制度とは

なお、本判決の事案では、使用者であるYは、滋賀県から本件福祉用具センターの管理業務を委託された指定管理者であった。
指定管理者とは何かというと、まず、「住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設」は、「公の施設」と呼ばれ(地方自治法244条1項)、例えば、体育館、博物館、老人福祉施設、公立病院、都市公園等が挙げられる。
「公の施設」の管理については、昭和38年(1963年)の地方自治法改正により「管理委託制度」が採用されたが、平成15年(2003年)の地方自治法改正によってそれに代わって「指定管理者制度」が採用されたという経緯にある※24
「指定管理者制度」は、「公の施設」の設置の目的を効果的に達成するために必要があると認めるときは、条例の定めるところにより、法人その他の団体であって当該地方公共団体が指定するもの(指定管理者)に当該公の施設の管理を行わせることができるというものである(地方自治法244条の2第3項)。
かつての「管理委託制度」と比較した場合の、現行の「指定管理者制度」のポイントとしては、①「管理委託制度」では管理の委託先は地方公共団体の出資法人等に限られていたが、「指定管理者制度」では民間事業者を含む法人その他の団体を指定することができること、②「管理委託制度」では行政処分は委託できないと解されていたが、「指定管理者制度」では指定管理者による施設使用許可処分(行政処分)が可能となること等を挙げることができる。
「指定管理者制度」では、公の施設の管理に民間事業者等の有するノウハウを活用することにより、多様化する住民ニーズに効果的・効率的に対応していくことが期待されている。
なお、指定管理者の指定に関する条例には、指定の手続、管理の基準、業務の範囲、その他必要な事項を定めることとされている(地方自治法244条の2第4項)※25

Yが指定管理者であったことの本事案への影響の有無等

本判決の事案では、Yは、「滋賀県立長寿社会福祉センターの設置および管理に関する条例」に基づき、滋賀県から本件福祉用具センターの管理業務を委託された指定管理者であった。
そして、同条例及び同条例に基づき滋賀県と締結した基本協定書によって、Yは、①福祉用具に係る利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発を含む業務を行うことになっていたこと、②福祉用具の改造及び製作業務を指定管理者以外の第三者に委託することが禁止されていたこと、③福祉用具の改造及び製造に関わる技術者を必ず配置することが求められていた。
これらの事情は、Xが本件福祉用具センターにおいて溶接ができる唯一の技術者であったという事情と相まって、「YはXを機械技術者以外の職種に就かせることを想定していなかったはずである」という職種限定合意を認定するための重要な間接事実を基礎付ける事情となったものといえる(第一審判決参照)。
もっとも、Yの置かれた上記のような状況は、指定管理者でなくても、民間事業者間の業務委託契約における受託者の立場等でも生じ得ることであり、指定管理者に特有の状況とまではいえない。
また、Yの置かれた状況は、本件においては、職種限定合意を認定するに当たって考慮されたが、全く別の事案でYの置かれたような状況がなくても、他の事情から職種限定合意を認定することもあり得ると考えられる。
したがって、本判決の事案で、使用者Yが「公の施設」の指定管理者であったという事情は、職種限定合意の有無を認定する上で考慮されているものの、職種限定合意が存在するために不可欠な事情とまではいえず、本判決で示された判断は、使用者が「公の施設」の指定管理者でないケースであっても妥当し得るものと考えられる。

※1:XのYにおける具体的な業務内容としては、例えば、入浴介助に用いられるお風呂用のいす(バスチェア)に台車を付けた「バスチェア台車」を製作したことや、車いすのひじ掛けの延長、車いすに酸素ボンベを備え置く置場を作ったこと等が認定されている。なお、本件福祉用具センターのホームページの「展示福祉用具リスト」(https://www.shigashakyo.jp/yogu/list/)によれば、本件福祉用具センターには614種類の福祉用具が展示されており(2025年6月27日確認)、具体的には、車いす、シルバーカー等移動機器や、食事用具等の家事用具、義肢・装具、コミュニケーション関連用具等、多様な福祉用具が展示されているようである。
※2:就業規則の定めは差戻後控訴審判決(大阪高判令和7年1月23日(令和6年(ネ)第1154号))で認定された事実である。
※3:塩見卓也「社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件の事実経緯と最高裁判決の意義」労旬2063号8頁。
※4:差戻前控訴審は、「XとYとの間に黙示の職種限定合意は認められるものの、福祉用具の改造・製作をやめたことに伴ってXを解雇するという事態を回避するためには、Xを総務課の施設管理担当に配転することにも、業務上の必要性があるというべきであって、それが甘受すべき程度を超える不利益をXにもたらすものでなければ、権利濫用ということまではできないものと考える。」という第一審の判示を維持していた。
※5:民事訴訟法上、差戻後控訴審では、本案については新たな資料に基づいて新たな事実を認定できる(新堂幸司『新民事訴訟法〔第6版〕』(弘文堂、2019年)958頁)。そのため、既に差戻前控訴審で職種限定合意の成立が認定されているものの、差戻後控訴審において、職種限定合意の成否を含めて事実認定をすることができる(竹内(奥野)寿「職種限定合意がある場合における配転命令権の有無-社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件」ジュリスト1605号145頁。詳細は最判昭和43年3月19日民集22巻3号648頁、安達栄司「破棄判決の拘束力」別冊ジュリスト265号(民事訴訟法判例百選〔第6版〕)228頁を参照)。本件では結果的に差戻後控訴審も差戻前控訴審と同様に職種限定合意の成立を認定している。
※6:水町勇一郎『詳解労働法〔第3版〕』(東京大学出版会、2023年)529頁。
※7:前述の東亜ペイント事件最判は、配転命令(転勤命令)について、(ⅰ)業務上の必要性がない場合、(ⅱ)不当な動機・目的に基づく場合、(ⅲ)通常甘受すべき程度を著しく超える程度の不利益がある場合等、特段の事情がある場合でなければ権利濫用になるものではないと判示している。
※8:強行法規の例としては、労組法7条(不当労働行為)、労基法3条(均等待遇)、男女雇用機会均等法6条(性別を理由とする差別の禁止)、民法90条(公序良俗)などが考えられる。
※9:水町・前掲(※6)531頁。
※10:水町・前掲(※6)532~533頁、菅野和夫ほか『労働法〔第13版〕』(弘文堂、2024年)683頁。
※11:竹内・前掲(※5)143頁参照。
※12:福岡地判平成11年3月24日労判757号31頁〔古賀タクシー事件〕は、労働契約上、タクシー乗務員の職種に限定する合意を認定した上で、「労働契約において職種の限定が認められる場合でも、労働者に配置転換を命じることに強い合理性が認められ、労働者が配置転換に同意しないことが同意権の濫用と認められる場合は、労働者の同意がなくても、配転命令が許される場合がありうると解される。」と述べた(結論としては、同意権の濫用はないとして、タクシー乗務員以外の職種(営業係)への配転命令を無効と判断した。)。
 また、東京地判平成19年3月26日労判941号33頁〔東京海上日動火災保険事件〕は、損害保険の契約募集等に従事する外勤の正規従業員(当該判決文では「RA」と略称されている。)についてRAの職務に限定する合意を認定した上で、「労働者と使用者との間の労働契約関係が継続的に展開される過程をみてみると、社会情勢の変動に伴う経営事情により当該職種を廃止せざるを得なくなるなど、当該職種に就いている労働者をやむなく他職種に配転する必要性が生じるような事態が起こることも否定し難い現実である。このような場合に、労働者の個別の同意がない以上、使用者が他職種への配転を命ずることができないとすることは、あまりにも非現実的であり、労働契約を締結した当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。そのような場合には、職種限定の合意を伴う労働契約関係にある場合でも、採用経緯と当該職種の内容、使用者における職種変更の必要性の有無及びその程度、変更後の業務内容の相当性、他職種への配転による労働者の不利益の有無及び程度、それを補うだけの代替措置又は労働条件の改善の有無等を考慮し、他職種への配転を命ずるについて正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合には、当該他職種への配転を有効と認めるのが相当である。」と述べた(結論としては、職種変更について正当な理由があるとの特段の事情が立証されていないとして、RAからの他職種への配転命令は認められないとした。)。
※13:志水深雪(龔敏)「職種限定合意と配転命令権の存否-滋賀県社会福祉協議会事件」ジュリスト1605号100頁、橋本陽子「職種限定合意と配転命令権-社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件」ジュリスト1600号5頁参照。
※14:志水・前掲(※13)100頁。
※15:志水・前掲(※13)100頁。
※16:土田道夫「職種限定労働者に対する配転命令の違法性」季刊労働法288号87頁。
※17:佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務〔改訂版〕Ⅰ』(青林書院、2021年)292~293頁。
※18:河合塁「職種限定労働者に対する配転命令の違法性-滋賀県社会福祉協議会事件」ジュリスト臨時増刊1610号(令和6年度重要判例解説)182~183頁。
※19:河合・前掲(※18)183頁。
※20:その根拠として、竹内・前掲(※5)145頁は、本判決(上告審)自身が「本件合意があったというのであるから」と微妙な言い回しをしていることを指摘する。橋本・前掲(※13)5頁は、職種限定合意の事実認定について「最高裁は独自の評価は行っていない。・・・職種限定合意の有無については上告審で争われていなかったと理解できるので、最高裁は、この点について改めて判断しなかったのであろう。」と述べており、同旨と考えられる。他方で、本件の第一審判決及び差戻前控訴審における職種限定合意の認定姿勢を最高裁として承認したことに本判決(上告審)の意義があると述べる見解もある(長谷川聡「職種限定範囲を超える当該職種廃止に伴う職種変更命令の適法性」労旬2063号17頁)。
※21:小西康之「職種限定合意がある場合に労働者の同意なくなされた配転命令に対する損害賠償請求―滋賀県社会福祉協議会事件差戻控訴審判決」ジュリスト1607号4頁参照。
※22:橋本・前掲(※13)5頁。
※23:志水・前掲(※13)101頁。また、佐々木ほか・前掲(※17)291頁は、労基法施行規則5条1項1号の3の「従事すべき業務に関する事項」について、「通常、採用直後の当面の業務の内容として記載されているものと解されるから(平11・1・29基発45号参照)、労働条件通知書に業務内容が明示されていることのみをもって、職種限定の合意が成立していると認めることはできないのが通常であろう。」と述べる。
※24:宇賀克也『地方自治法概説〔第10版〕』(有斐閣、2023年)429頁。
※25:松本英昭『要説 地方自治法〔第10次改訂版〕』(ぎょうせい、2018年)600~601頁参照。

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