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判例情報

2025.5.2

賃貸人によるマスターリース契約の更新拒絶について、賃貸借契約に定める解約金の2倍である6か月分の賃料に相当する立退料の支払により正当事由があるとしてマスターリース契約の終了を認めた事例

判決等

東京地判令和5年4月27日(令和4年(ワ)第11384号)

事案

事案の概要

建物のマスターリース契約について、賃貸人が、建物をできる限り高値で売却する必要性があるとの理由で、期間満了時に更新拒絶して賃貸借契約の終了を主張し、建物を賃借して第三者に転貸している賃借人に対して、建物の明渡し(予備的に立退料の支払と引換えの指図による占有移転)を求めた事案。

事実関係

建物(以下「本件物件」)の前所有者AとY社は、平成29年1月10日、本件物件を含む一棟の建物全体をY社が一括で借り上げる内容の賃貸借契約(いわゆるマスターリース契約)を締結した(以下、この賃貸借契約のうち本件物件に係るものを「本件賃貸借契約」)。本件賃貸借契約には、以下の内容が含まれていた。

  • 契約期間 平成29年1月10日~令和4年1月9日
  • 本件物件の月額賃料 6万8523円
  • 契約期間開始から1年経過後は、契約期間内であっても、A及びY社はいずれも、書面により6か月間の予告期間をもって本件賃貸借契約を解約することができる。ただし、Aが解約の申出をする場合は、本件賃貸借契約の賃料の3か月分に相当する額をY社に支払わなければならない。

Xは、平成29年3月3日、前所有者Aから本件物件を購入し、本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した。

Xは、令和3年7月1日、Y社に対し、賃料3か月分の立退料の申出をした上で、本件賃貸借契約の更新をしない旨の通知をした。

争点

更新拒絶に係る正当事由の有無

判旨

判断枠組みについて

  • 「Xは、①本件物件を購入した約4年後である令和3年2月頃、自宅を購入するために住宅ローンの事前審査を受けたところ、本件物件の購入に係るローンの残債務を主な理由として審査が通らなかったこと、②上記残債務を減らすために本件物件を売却することを計画したが、不動産会社から、本件物件のようにサブリースが付いた収益物件の売却は難しく、相当に価格を下げなければ売れないと言われたこと、③そのため、本件賃貸借契約を終了させることを希望し、その更新をしない旨の通知をしたことが認められる。」
  • 「Xは、本件物件をできる限り高額で売却することを希望して本件賃貸借契約の更新をしない旨の通知をしたものといえる。このような事情は、典型的な「建物の賃貸人・・・が建物の使用を必要とする事情」(借地借家法28条)とはいい難いものの、これに該当し得る事情とはいえるのであって、他の事情との総合的な考慮により、正当な事由があると認められることもあり得るというべきである。」

借地借家法28条の正当事由の有無について

  • 「Y社が本件物件の使用を必要とする事情は、本件物件を転貸することにより経済的利益を得ることに尽きる。そして、・・・本件賃貸借契約は、契約期間開始から1年経過後は、6か月間の予告期間をもって3か月分の賃料に相当する額を支払えば、賃貸人が解約権を行使し得る旨の定めを置いており、この定めの限度ではY 社の経済的利益を確保する趣旨であると解されるが、Y社においてこれを超える経済的利益を当然に確保することを期待し得るものではない。」
  • 「本件物件は居宅であるから、その転借人が本件物件の使用を必要とすることは容易に想定し得るものの、本件賃貸借契約が更新拒絶により終了したとしても、Xが本件物件の転貸借契約における転貸人の地位を承継することとなるから、上記転借人を保護するために本件賃貸借契約の更新拒絶を制約すべきものとはいえない。」
  • 「以上の事情を総合的に考慮すると、Xが本件物件の使用を必要とする事情が典型的なものでなく、他方、Y社が本件物件の使用を必要とする事情が経済的利益を得ることに尽きること等に鑑み、立退料の額について、本件賃貸借契約に定めるものの2倍である6か月分の賃料に相当する額とすれば、Xによる本件賃貸借契約の更新拒絶には正当な事由があると認められる。」

結論

  • 「Xによる本件賃貸借契約の更新拒絶には正当な事由があることから、本件賃貸借契約は、契約期間の末日である令和4年1月9日が経過したことにより終了したものといえる。そして、本件物件はY社により転貸されており、Xが本件物件の転貸借契約における転貸人の地位を承継することとなるから、本件物件の明渡請求をそのまま認めるのは適切でなく、指図による占有移転を命ずるのが相当である。」

コメント

1 賃貸人による建物賃貸借契約の解約と更新拒絶

民法上は、賃貸借契約は、契約期間が満了することによって終了し(民法622条、同597条1項)、賃貸人からも賃貸借契約の解約申入れをすることができる(民法612条)。
他方、建物の賃貸借契約については、借地借家法が適用されるため、普通建物賃貸借契約を期間満了に伴う更新拒絶により終了させたり、賃貸人が契約期間中に解約したりするためには「正当事由」が必要である(借地借家法28条)。
借地借家法の規定は、一般的に弱い立場にある借家人の保護を目的とするものであり、同法28条は片面的強行規定であるため(同法30条)、これに反する賃借人に不利な特約は無効となる。建物賃貸借契約では、賃貸人による解約や更新拒絶を認める旨の契約条項が定められることも多いが、いかなる特約を定めたとしても、「正当事由」がなければ、賃貸人から解約や更新拒絶を行うことは認められない。

2 「正当事由」とは

正当事由とは、「賃貸借を終了させ明渡を認めることが、社会通念に照らして妥当と認められる理由」のことであり(最判昭和29年1月22日民集8巻1号207頁)、具体的には、当事者双方の「建物の使用を必要とする事情」を主たる考慮要素とし、これに加え、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、立退料の提供の申出などを従たる考慮要素として、正当事由の有無を決すべきものと解されている(借地借家法28条。最判昭和46年11月25日民集25巻8号1343頁参照)。

3 マスターリース契約と借地借家法の適用

本判決の事案における本件賃貸借契約のように、賃借人が第三者に建物を転貸することを目的として締結される賃貸借契約は、一般的に「マスターリース契約」と呼ばれる。マスターリース契約は、賃借人が建物を自己使用することは予定されておらず、転貸することによって専ら経済的利益を得ることを目的としている特殊な契約であるため、借家人保護を趣旨とする借地借家法はマスターリース契約には適用されないのではないかが問題となる。

この点、マスターリース契約の賃借人(不動産業者)が借地借家法32条1項に基づく賃料減額請求をした事例において、いわゆるマスターリース契約についても借地借家法32条1項の適用があるとするのが判例である(最判平成15年10月21日民集57巻9号1213頁)。
その他、本判決も含め、いわゆるマスターリース契約についても借地借家法の適用を認める(あるいは適用があることを前提とする)裁判例が複数見られる。

4 賃貸人によるマスターリース契約の解約と更新拒絶

本判決は、マスターリース契約にも借地借家法の適用があることを前提として、更新拒絶における正当事由(借地借家法28条)の有無について判断をした事例である。
正当事由の主たる考慮要素は「建物の使用を必要とする事情」であるところ、本判決の事案における賃貸人X側の事情は、「できる限り高額で売却したい」というものであった。
建物を有利に売却したいという必要性(事情)は、原則として正当事由には該当しないとされ※1、それが生計維持のための唯一の方策である場合等に例外的に正当事由が認められるとされており※2、こうした観点からすると、本判決の事案における賃貸人Xの事情では立退料の支払による補完をしても正当事由が認められないとも考えられる。
しかしながら、本判決では、マスターリース契約においては、賃借人側の「建物の使用を必要とする事情」も、自己使用ではなく転貸による経済的利益のみであるという特殊性があること、さらに転借人の建物使用は継続するため転借人の事情を考慮する必要がないことにも鑑み、本件では41万1138円という立退料により正当事由が認められた。
本判決と類似の判断をした裁判例として、東京地判平成27年8月5日(平成26年(ワ)第21617号)がある。
他方、賃貸人が、自助努力によって収益を得る必要性(自ら直接の賃貸人となることによってより高額の賃料を得ること)を理由としてマスターリース契約の更新拒絶を主張した事案において、「〔賃貸人〕には、〔賃借人〕における必要性に比して、本件建物部分を使用する必要性は低い」として、立退料の申出等を考慮しても、賃貸人による更新拒絶には正当事由は認められないと判断した裁判例もある(東京地判平成24年1月20日判時2153号49頁)。
賃貸人によるマスターリース契約の解約や更新拒絶については、未だ裁判例の判断基準が確立されていないともいえるところ、本判決はマスターリース契約の更新拒絶に係る正当事由の判断について、一事例を追加したものということができる。

5 マスターリース契約の終了と引渡しの方法

「引渡し」と「明渡し」

「引渡し」とは目的物の占有の移転をいう。「引渡し」には、現実の引渡し(民法182条1項)、簡易の引渡し(182条2項)、占有改定(183条)、指図による占有移転(184条)の4種類がある。
これに対して、「明渡し」は、目的物の占有の移転のみならず、目的物の内部に存在する人の退去及び物の撤去を含む※3

本判決における主位的請求と予備的請求

本判決の事案では、Xは、主位的請求としてはYからXに対する建物の「明渡し」を請求していたが、予備的請求としては、Y社と転借人との間の転貸借契約をXが承継し転借人が建物の使用を継続することを前提に、YからXに対する「指図による占有移転」を請求していた。
すなわち、本判決の事案では、Xは、主位的請求では転借人の退去も含めて「明渡し」を請求していたが、予備的請求としては転借人が代理占有し続けることは前提としてY社からXに対する「指図による占有移転」による「引渡し」を請求していたことになる。
なお、Xが主張していた本件賃貸借契約(マスターリース契約)の終了原因は債務不履行解除と更新拒絶の2つであるところ、終了原因と主位的請求・予備的請求との対応関係は不明である。
ただし、Xは更新拒絶の正当事由について「本件賃貸借契約の更新拒絶による終了によって、Xは本件物件の転貸借契約におけるY社(転貸人)の地位を承継するため、転借人の使用状況には変更がない。」と主張していることから、債務不履行解除が主位的請求に対応し、更新拒絶が予備的請求に対応している可能性が考えられる。
なお、更新拒絶の正当事由の有無の判断にあたっては、転借人の事情も考慮されるため(借地借家法28条)、仮にXが転借人を退去させるという前提で更新拒絶を主張していた場合には、Y社(転借人を含む)側の「建物の使用を必要とする事情」との比較においてX側の建物使用の必要性が認められず、正当事由がないとの結論になった可能性がある。

本判決の結論

本判決は、転貸借契約が存在するため、マスターリース契約の終了後はXが転貸借契約における転貸人の地位を承継するとした上で、

  • Y社が占有代理人(転借人)に対して有する建物の返還請求権をXに譲渡しなければならないこと
  • Y社が占有代理人(転借人)に対して以後建物をXのために占有すべき旨を通知しなければならないこと

を認容した。これは、「指図による占有移転」によるY社からXに対する建物の引渡しを肯定したことになる。

若干の論点

なお、本判決の具体的な文言を見ると、Xによる更新拒絶の正当事由を肯定しつつ、その次の段落で、「そして、・・・本件物件はY社により転貸されており、Xが本件物件の転貸借契約におけるY社(転貸人)の地位を承継することとなるから、本件物件の明渡請求をそのまま認めるのは適切でなく、指図による占有移転を命ずるのが相当である。」と判示している。
上記判示は、「指図による占有移転の請求」の訴訟物が「明渡請求」の訴訟物に含まれていることを前提としたものと考えられ、明渡請求の質的一部認容として指図による占有移転を認容することが可能という理解に立脚するものといえるだろうか。
本判決の事案では、予備的請求として指図による占有移転が請求されていたため、上記の訴訟物の包摂関係の有無が問題となることはなかったが、仮に予備的請求がなされなかった場合に判決主文がどのようになっていたかは興味深い。

※1:東京高判昭和26年1月29日高民4巻3号39頁。なお、上告審でも当該判断は正当とされ、上告棄却となってている(最判昭和28年10月23日民集7巻10号1114頁)。
※2:最判昭和38年3月1日民集17巻2号290頁、稲本洋之助ほか『コンメンタール 借地借家法〔第4版〕』(日本評論社、2022年)229頁。
※3:伊藤眞ほか『条解 民事執行法〔第2版〕』(弘文堂、2022年)1571頁。

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