賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力(最判平成26年9月25日)

賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力(最判平成26年9月25日)

【事案】
1 賃貸人Aと賃借人Y1は、昭和48年10月16日、本件建物部分について、賃料を月額60万円として賃貸借契約を締結。
2 その後、賃貸人の地位の移転及び賃料の改定が繰り返し。
3 平成6年1月1日以降の賃料は月額300万円とされていた。
4 Y1は、平成16年3月29日、当時の賃貸人Bに対して、同年4月1日から賃料を月額240万円に減額する旨の意思表示を行い(基準時1)、
5 平成17年6月8日、同年2月9日に賃貸人たる地位を承継したX1を被告として、「本件賃料が平成16年4月1日から月額240万円であること」の確認等を求める前件本訴を提起した。
6 X1は、平成17年7月27日、Y1に対して、同年8月1日から賃料を月額320万2200円に増額する旨の意思表示を行い(基準時2)、
7 平成17年9月6日に「本件賃料が平成17年8月1日から月額320万2200円であること」の確認等を求める前件反訴を提起した。
8 X1は、前件訴訟の係属中である平成19年6月30日に、同年7月1日から月額360万円に増額する旨の意思表示(本件賃料増額請求)を行った(基準時3)。
9 Y1は、本件賃料増額請求により増額された本件賃料額の確認請求を前件訴訟の審理判断の対象とすると訴訟手続が著しく遅延することになることを理由に、裁判所はX1が前件訴訟における反訴ではなく別訴の提起によって確認請求を行うよう促すことを求める旨の上申書を提出したため、X1は、本件賃料増額請求により増額された本件賃料額の確認請求の追加をしなかった。
10 前件訴訟の第一審は、平成20年6月11日、「本件賃料が平成16年4月1日から月額254万5400円であること」を確認するなどの限度でY1の前件本訴を一部認容し、X1の前件反訴については全部棄却する旨の判決をした。この判決に対してX1が控訴したが、控訴審は、平成20年10月9日に口頭弁論を終結し、同年11月20日にX1の控訴を棄却する判決をした。この控訴審判決は、同年12月10日に確定した。
11 X2は、平成23年4月28日、X1から本件賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継した。X1及びX2は、Y1に対して、本件賃料増額請求により増額された本件賃料額の確認等を求めて、本件訴訟を提起した。なお、原審の口頭弁論終結後である平成25年3月21日にY2がY1を吸収合併しており、Y2が本件訴訟の訴訟手続を承継した。

【原判決】
前件訴訟においてY1は基準時1から事実審の口頭弁論終結時までの賃料額の確認を求め、X1は基準時2から事実審の口頭弁論終結時までの賃料額の確認を求めたものと解されるから、本件訴訟でXらが前件訴訟の事実審の口頭弁論終結前である基準時3において賃料増額請求により賃料が増額された旨を主張することは前訴判決の既判力に抵触するために許されないとして、Xらの請求を棄却した。

【判旨】
原判決破棄差し戻し

1 借地借家法32条1項所定の賃料増減請求権は形成権であり、その要件を満たす権利の行使がされると当然に効果が生ずるが、その効果は、将来に向かって、増減請求の範囲内かつ客観的に相当な額について生ずるものである(最高裁昭和30年(オ)第460号同32年9月3日第三小法廷判決・民集11巻9号1467頁等参照)。
2 この効果は、賃料増減請求があって初めて生ずるものであるから、賃料増減請求により増減された賃料額の確認を求める訴訟(以下「賃料増減額確認請求訴訟」という。)の係属中に賃料増減を相当とする事由が生じたとしても、新たな賃料増減請求がされない限り、上記事由に基づく賃料の増減が生ずることはない(最高裁昭和43年(オ)第1270号同44年4月15日第三小法廷判決・裁判集民事95号97頁等参照)。
3 賃料増減額確認請求訴訟においては、その前提である賃料増減請求の当否及び相当賃料額について審理判断がされることとなり、これらを審理判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(直近の賃料の変動が賃料増減請求による場合にはそれによる賃料)を基にして、その合意等がされた日から当該賃料増減額確認請求訴訟に係る賃料増減請求の日までの間の経済事情の変動等を総合的に考慮すべきものである(最高裁平成18年(受)第192号同20年2月29日第二小法廷判決・裁判集民事227号383頁参照)。したがって、賃料増減額確認請求訴訟においては、その前提である賃料増減請求の効果が生ずる時点より後の事情は、新たな賃料増減請求がされるといった特段の事情のない限り、直接的には結論に影響する余地はないものといえる。
4 賃貸借契約は継続的な法律関係であり、賃料増減請求により増減された時点の賃料が法的に確定されれば、その後新たな賃料増減請求がされるなどの特段の事情がない限り、当該賃料の支払につき任意の履行が期待されるのが通常であるといえるから、上記の確定により、当事者間における賃料に係る紛争の直接かつ抜本的解決が図られるものといえる。そうすると、賃料増減額確認請求訴訟の請求の趣旨において、通常、特定の時点からの賃料額の確認を求めるものとされているのは、その前提である賃料増減請求の効果が生じたとする時点を特定する趣旨に止まると解され、終期が示されていないにもかかわらず、特定の期間の賃料額の確認を求める趣旨と解すべき必然性は認め難い。
以上の事情に照らせば、賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力は、原告が特定の期間の賃料額について確認を求めていると認められる特段の事情のない限り、前提である賃料増減請求の効果が生じた時点の賃料額に係る判断について生ずると解するのが相当である。
5 本件においては前件訴訟につきY1及びX1が特定の期間の賃料額について確認を求めていたとみるべき特段の事情はないといえ、前訴判決の既判力は、基準時1及び基準時2の各賃料額に係る判断について生じているにすぎないから、本件訴訟において本件賃料増額請求により基準時3において本件賃料が増額された旨を主張することは、前訴判決の既判力に抵触するものではない。

【コメント】
賃料増減額確認訴訟の訴訟物に関しては時点説と期間説がありますが、本判決は、時点説によることを明らかにした判決です。

時点説とは、賃料増減額確認訴訟の既判力は、前件訴訟の事実審の口頭弁論終結時(平成20年10月9日)において、基準時1の時点(平成16年4月1日)での賃料が月額254万5400円であるという点に生じ、全部棄却であるX1の前件反訴の確定判決の既判力は、基準時2の時点(平成17年8月1日)では賃料は月額320万2200円ではないという点に生じるとするものです。
基準時2の時点以降の賃料額については、前件訴訟の事実審の口頭弁論終結時においても既判力が生じないことになり、Xらが本件訴訟において基準時3の時点で賃料が増額された旨を主張することは、前訴判決の既判力に抵触しないという結論に至るということになると解されます。
時点説に対しては、時点説によれば基準時2から前件訴訟の事実審の口頭弁論終結時までの賃料額は訴訟物ではないために既判力が生じないことになり、前件訴訟の確定判決の紛争解決機能が著しく小さくなってしまうのではないかという懸念があり得る点です。

他方、期間説とは賃料増減額確認訴訟の訴訟物について、増減額請求の意思表示の到達した日から事実審の口頭弁論終結時までそのまま継続している賃料額であるとする説です。

賃料増減額請求が形成権であり、意思表示が到達した時点で増減額の効果を生ずるという上記の性質を重視すれば、時点説にも十分な説得力があるということができると思います。